イケニエの人

【物　語】
冬の町。逃避行のビリーと雨利。言い争いをする二人。ビリーが雨利を刺してしまう。
ビリーはダメ男で儲かる話に目がない。チワワの繁殖業に失敗した二人は、闇金から金を借りられるだけ借り、もはや破滅寸前まで追い込まれている。ビリーが借金をする、雨利がヤクザに抱かれて返済する、またビリーが借金するそれが二人の愛のループ、永遠に続くと思ったのに。
途方に暮れた二人の前に、幹部募集のチラシが舞い落ちる。

老舗温泉旅館フカロク。緑色の温泉が自慢だったこの宿だが、緑色をバスクリンで着色していたことがマスコミにすっぱ抜かれ、客足はぱたっと途絶えた。潰れるのを待つばかりの毎日だったが、隣にスペースシャトルの発射台が建設されることになり、再開発の予定が浮上。
だが、老舗旅客没落の憂き目で女将の青緑は、半分狂いかけており、その隙を狙われ、旅館は大手外食産業いりやまずに吸収合併されてしまった。
従業員たちは全員解雇、その後いりやまずに再雇用ということになった。アテのある者は去り、残ったのは行き場のない者ばかり。

一ヶ月の休暇の後、戻ってきた従業員たちは、いりやまず特有の採用研修を受けることになる。全員今の身分関係なしにスタートし、この研修で給料を決めるのだという。
支配人の波目は、話が違うと反発するが、いりやまずに社長不入斗も一社員として参加すると宣言され、言葉を失う。
不入斗は、今まで他社を買収するたびに、平社員からやり直し、毎回社長までのぼりつめているというモーレツさだったのだ。評価は秘書の後味とスタッフの余座が決めることになるという。
後味は言う、この従業員の中に一人だけ、いりやまずに通じているバスター（スパイ）がいると。誰がそのバスターなのか、最初に見つけたものが支配人の座につくのだと。一同は一気に疑心暗鬼。そして、研修は始まる。

フカロクには中居の明美、小春、使用人の巻貝、ランス、料理人の乙骨というスタッフがいる。
波目の娘の日鮒は旅館と関係なく、乙骨のドキュメンタリーを撮影するという理由でここにいる。
幹部募集に釣られてれてきたビリーと雨利もしぶしぶ参加することになる。彼らは、交配に失敗した犬の捨て場を探しているようだが……

ぎくしゃくと研修が始まった。
明美と小春はお互いを疑いあっている。ランスは明美に惚れて温泉まで追っかけてきた外国人で、巻貝は小春とセフレの関係である。
女将は、そんな研修を尻目に旅館に潜む何かの気配を竹やりを持って追いかけ続けている。
もう一人、研修にやる気のない者がいた。乙骨だ。元はと言えば、温泉にバスクリンをいれたのは乙骨だ。でもそれは、枯れてきた温泉の代わりにという、拾ってくれた女将に対する恩返しだったのだ。結果として、恩を仇にして返すことになったのだとしても。

実は、恩を仇で返したのはこれで二度目だ。
考古学者の手数の下で働いていた時、こっそり土器の欠片を埋め、その姿を撮られて発表されてしまったのだ。その事件が元で手数は失脚した。
ドキュメンタリーを撮っていたのが日鮒で、行くアテのない乙骨を旅館に連れてきて料理人として働かせているのも彼女だ。
日鮒はハンディカメラでインタビューしながら、乙骨を撮影する。質問に乙骨は時々嘘で答える。その時の顔は実にいい笑顔だ。
「乙骨さんは嘘をつく時に、本当にいい顔になりますね」
日鮒は乳ガンで両方の乳房を失っている。何かが欠落したものどうしの絆を感じているのかもしれない。

しかし、研修の最中に珍客が現れる。
手数だ。乙骨は重い肝臓病を患っており、手数の死んだ娘から肝臓をもらっていたのだ。その意味もあっての、恩返しだったのだが、結果迷惑をかけることになった。
手数は乙骨の体の中に自分の娘の肝臓があるので憎むことができない。なので、手数は、娼婦・気子と結婚することが償いだと言い残し、あっと言う間に去る。
乙骨がいつも隠れて、厨房でごま油を飲んでいたは、手数の死んだ娘の姿に似せようとしていたのだった。そんな乙骨に気子は一生ついていくと言い放ち、日鮒と険悪な雰囲気になる。

一方、旅館の人間関係は深刻化していた。小春がランスと巻貝との二股をかけていたことが判明し、大喧嘩になっていた。
どさくさに紛れて、波目が不入斗を殴り倒し、不入斗を屋根裏に隠した。余座も屋根裏に何かの気配を感じていた。いつのまにか、巻貝が消えているし。余座はランスの秘密（実は日本人）を掴み、ランスに屋根裏探索を命じる。
明美と小春も、ランスを探しに屋根裏に来て、猟銃を持っている女将に撃たれてしまう。と、屋根裏の片隅から、ビリーが捨てた交配に失敗した犬の怪物が現れ、全員に襲いかかる。
もうここにもいられない、ビリーと雨利は旅館を逃げ出す。
ビリーが失敗する、雨利がヤクザに抱かれる、また失敗する。愛の無限ループ。
「お前がいたら、ループは終わらない」
ビリーは絶叫し、雨利を刺す。←冒頭場面へと戻る

旅館の厨房には、微妙な三角関係の乙骨、日鮒、気子がいる。不毛な争いに疲れた乙骨は、「とにかく食べましょう。ここになぜか新鮮な肉がたくさんあります」と肉を焼きだす。その肉はなんの肉……？

人間が神の食べ物ならば、人の運命など食肉工場のコンベアに乗っているようなもの。最初から行くべきところは、一つだけと決められているのだ。

【感　想】
祝・皆川さん、初主役。
で、いいのか？　ホントにいいのか？　一応、ストーリーの真ん中には位置しているようだけど、あまりにも他キャラが濃すぎて、展開は他任せてで流されまくっているような。
いや、でも、乙骨という人は、流れに流されっぱなしの人なので、これでいいんだろう、きっとこれが松尾ちゃんの狙いなのだ。知らないけどね。

どうしちゃったの、松尾ちゃん。
今回の感想の八割はこれだと思われる。どうしちゃったの松尾ちゃん？
時間なかったのなあ。 は、感想の六割ぐらいだろう。いや、五割ぐらいか。
なんつーかもう、踏み込みが甘い。まるで、少女の踏み込みのように軽やかだ。せっかく皆川さんを主役にしたんだったら、油したたり巨魁の踏み込みを見せてくれよ、松尾ちゃん。
キャラ一人一人の設定もお見事でキャラ立ちまくりだし、役者さんたちもますます個性的でキラキラ光ってるし、やってることはまあ、今までの大人計画的ではあるのだが、この「的」がまさしく「敵」なのだ。
大人的ではあるが、大人じゃないよなあ、ぶっちゃけ、今回はさ。
どこまでが大人の事情で、どこからが狙いなのかわからないが、意識的な変革と無意識的変革の差異は大きいように思われる。
もちろん、変革ではなく、ただのやっつけの可能性もあるのだけど。

ざっとアラスジ書いてみて思ったのは、日鮒の存在が曖昧すぎる。
この物語のキーパーソンは、日鮒であり、日鮒と乙骨の関係をもっと掘り下げたほうがよかったんじゃないかなーと思います。 一番の敗因は、雨利を宮藤さんにしたことだ。だってあれ、反則っすもん。
関西弁カップルのビリー＆雨利。雨利が可愛いと大評判（笑）この二人のわかりやすい不幸の前には、乙骨と日鮒の曖昧な情念なんか、消し飛んでしまうのだ。

なんて、文句たらたらですが、やはり、大人ファンとしては、客演なしの大人本公演は単純に嬉しかった。
前回本公演より三年たって役者さんそれぞれが、ものすごい力をつけてきたと感じた。
役者さんの力に脚本が負けた部分もあるのでは？　がんばってよ、松尾ちゃん。

新境地は、間違いなく近藤さん。
メガネをとったら美少女……展開が、あてはまる人が実在していたとは、驚きです。白いスーツが激しく似合う。気障で冷血な男前が似合う人が、大人計画にいるとは思いもしませんでしたよ。
宍戸さん＆伊勢さんの熟女コンビも、よかった。凄みのある色気すら感じましたよ。萌え〜〜〜。
次作が「キレイ〜再演」ということで、新作が見れるのはまた三年後とかになってしまいそう。
今度はちゃんと時間をとって、役者さんとがっつり組んでも負けないような脚本を切に希望。