物 語 1930年代、米国セントルイス。
路地裏の小さなアパートに暮らす、母と娘と息子。
父親は失踪し、今は息子トム(瑛太)が靴屋の倉庫で働いている。
母アマンダ(立石凉子)は華やかだった娘時代のことばかり語り、姉ローラ(深津絵里)は少々不自由な足のせいで極度な引っ込み思案、働くこともできずにガラス細工の動物たち相手に、ずっと家にいる。
トムは本当は詩人になりたかった。
外の世界へ出て行きたかったが、母と姉を置いていくわけにはいかない。
そんな毎日に悶々としている。
そんなある日、母親の言いつけでトムが会社の同僚ジム(鈴木浩介)を夕食に招待する。
ジムは偶然にも、ローラのハイスクール時代の憧れの人だったのだ。
ジムは明るく快活で、ハイスクール時代が自分のピークだったと語る。
優秀でいい仕事につくと思われていた彼だったが、いくつかの失敗を経て、トムと同じ倉庫で働いている。
でも、そんな自分を卑下せずに、前向きに努力している。
極度に内気なローラのことも、自分の世界を大切にしている繊細な人だと前向きに褒める。
アマンダもジムのことをすっかり気に入り、トムもジムが母と姉を引き受けてくれるなら、この家を出ていけると希望を持つ。
だが、ジムには婚約者がいたのだ。
ガラス細工の家族は砕け散った。
アマンダはトムを婚約者持ちの男を紹介したと詰り、トムは知らなかったからしょうがないと言い返し、ローラはひっそりと片隅にうずくまっている。
そして、その夜、トムは家族を捨てた。
家族を捨てたトムは放浪を続けるが、やはり心は家族の元で雁字搦めにされているのだ。
そして、ローラはただ１人アマンダの牢獄の中に閉じ込められた。
これは追憶の物語。
誰も幸福にはなれなかった、家族の物語なのだ。
感 想
さざめきは波紋のように雰囲気を形作る。
さざめきを視覚化して見せようなんて、いったいどこから出た発想なんだろう。
舞台のそこここにいるダンサーたちは、さざめきとして、ゆったりとして踊りながら、ただそこに存在している。
時に、セット替えを手伝ったりするが、基本的に何もしない。
常に視界には入るが、まるで気にならない。
ストーリーを進める人物が縦軸だとしたら、ダンサーたちは横軸だ。
雰囲気が視覚化されたことにより、世界はよりくっきりと認識される。
人物の心象風景もまた、強く印象を残す。
これは過去の物語。
捨ててきた過去を思い出すたびに、心の表面にさざめきが起こる。
今を肯定する力と過去に引きずられる苦い思いが拮抗するとき、静かな踊りが始まるのだ。
ガラスなのは動物ではなく、檻だ。
見えない檻で囲まれた母と姉との暮らし。
息苦しく逃げ出したくて、それでも、彼女たちを捨てる勇気すらなかった過去の自分。
逃れたと思ったのに、今度は過去が見えない檻を作る。
白い手が自分を離さない。
実にうまい演出方法だと思った。
役者の力量が出る四人芝居。
みなさん、きっちり自分の役を演じているが、特に瑛太がすごくよかった。
これで瑛太の舞台を観るのは3回めだけど、その中でも断トツでいい。
希望をへし折られ続けている鬱屈感、家族をジムに押し付けようとする小狡さ、それでも、やっぱり家族を捨てきれない小心さと愛着。
アンビバレントな感情が、心の中で常にざわついているトムという人。
舞台に立っている瑛太は、完璧にトムだった。
彼が完璧なトムだったからこそ、他の人物たちもトムを土台にして立ち上がってくる。
トムの母、トムの姉、トムの同僚として。
テネシー・ウィリアムズの自伝的作品と言われている本作。
瑛太の静かな横顔の中に、いつまでも過去の家族に囚われ続けた作家を見る。